ご年配者にはきっと
足腰の負担が大きいだろうなとか
その場所からは
見えにくいんじゃないかなとか
男にはわからないけど
女性はそういうものなんだとか
自分自身が今そう感じなくても
隣人の感覚にあちこちで
思いをはせる事はできると思う
経営者なら社員の事を
売主ならお客さんの事を
男性なら女性の事を
年齢を重ねても若き人の事を
立場の違う人や
年齢の違う人や
環境の違う人や
性差のあるパートナーや
そして目の前の人間関係だけじゃなく
対人間
対動植物
対自然界
対宇宙・・・
思いを拡大して生きると
勝ち負けとか
損得とか
正誤とか
二極の価値観の中では
もはや生きづらくなる
貴方も私も
個人も社会も
人間も自然も
周りに思いをはせ
共感して共生する
共感力と共生力は
きっと「愛」その物で
様々な循環を守り
そして生みだす(のだと思う)
循環しない関係は宇宙の法則から外れ
いづれは朽ちていく(のかもしれない)
「生かされている」という
最も基本的な感謝を
忘れてしまっているとか
どんなに他者に自然界に
支えられて生きているかを
感じられない傲慢さとか
自分の周りに先祖代々に
どれだけの人が関わっているかが
見えていない視野の狭さとか
共感力に乏しいのは
生まれ持った性格もあるだろうが
貴方がいて私が在ることを
全体の中の個であることを
そして感謝と愛を
忘れてしまっているのかもしれない
実は「個が全体である」ことも
見えていないのかもしれない